●つかれなお〜す。パラオには存在しない二日酔い???
「つかれなお〜す」これはパラオで一仕事終えた後にビールやお酒をグイッと呑んで疲れを癒すときに使う言葉だ。しかし、時々???この「つかれなお〜す」が度を越す時があり、翌日の仕事に出てこないなどという事もある。
そんな時に「ほれ見ろ、やっぱり二日酔いだろ。」と責めても、彼らは絶対?YESとは言わない。
答えは「NO !! アイム・シック!!」 そう、彼らには二日酔いも立派な病気なのだ。そして、それがある意味通用してしまう社会的一面もあるのがパラオの社会だ。恐るべし・・・。
と、まぁちょっとうらやましいむ・む・むでした。 recyclechenji.com
●○○さんさん・・・。
日本統治時代を持つパラオの人は名前に日本名が多くついている。日系人が多いのでそれも当り前のようであるが、中にはまるっきりのパラオ人なのに日本名がついている人も結構いるのである。タロウ、マサオ、サブロウ、ミノル、クニオ、アキオ、トヨミ、ケイコ、アケミ、ハルコ、ヒサエ、コシバ、キンジョウ、ナカムラ、ウエキ、エンドウ、ヤノ等々普通の名前もあれば、イシドウロ、オオマサ、コマサなどのちょっとユニークなものまである。外国人名でも、ヒトラー、ナポレオンをはじめアメリカの歴代大統領は全員いるのだ。
そんな中でちょっと面白いのが○○さん・さんだ。つまり敬称でもある「さん」までを名前にしてしまったということで、例えばカトウサンを呼ぶ時にKATOSANG・さんといった感じである。
パラオの人にとって日本人は優秀で勤勉、礼節を重んじるという強烈な印象を当時の日本人は与えていたのだろう。今の日本人だったらどうなっていたかと思うとむ・む・むです。
●蒙古班
パラオの赤ん坊の殆どがお尻の辺りに蒙古斑を持っている。つまり、我々と同じモンゴロイド系ということになるの???かもしれない。人類学者ではないので無責任なことはいえないが、1歳児くらいまでは肌の色も日本人とさほど変わらないのは事実である。じゃ、パラオの人の肌が褐色なのは何故なのか?それは、メラニン色素が強いから、パラオの陽射しで日焼けしている?からだと勝手に解釈しているのだが・・・。現に大人でも、服を着ている部分は以外に色白だったりもする。いずれにしても遥か悠久の昔に小船で大海原を航海して辿り着いたのだろうと思うとつくづく昔の人は凄かったんだなと感心する。
●パラオの島の数、本当はいくつあるのか?

パラオの島の数は一体幾つか?書籍や資料、ガイドブックを見ても正確な数は載っていないのは何故だろう?と疑問に思ったことはありませんか。一説にはパラオの人は人も上陸できないほどの小さな岩も島だと考えていて、アメリカが戦後行った調査等では岩は岩として島とは勘定しなかったので、パラオ政府との見解と大幅に数が合わないから、いわゆる公式な数が出ていないとの話しもありますが・・・。いずれにしても、パラオの人にとってはどんなに小さな島?も島には変わりがないという事ですかね。つまり、パラオの人は独自の価値観を大国の圧力によって曲げることなく大切に受け継いでいるという話し?なのかもしれません。

 これは島?それとも岩?あなたはどちらだと思いますか?
●キメタ〜キメタ〜♪
キメタ〜キメタ〜オマエ〜ト、ミチズレ〜ニ〜♪とラジオから流れてくるくらいパラオの人は演歌好き?なのです。夕方になるとラジオの演歌アワーがあるほどなのです。おまけにパラオ流にアレンジして(部分的にメロディーと歌詞が入っていたりする)ナイトクラブやパーティーでライブバンドの演奏に合わせてパラオ風チャチャを皆で踊るのがパラオ流!?カラオケでも演歌や裕次郎を歌うととっても喜ばれます。パラオの人とコミュニケーションをはかるのには演歌が一番???そのためにも十八番を一つくらい持ってた方が良いかもしれませんぞ・・・。おすすめは道ずれ、北国の春、清水港(正しい曲名は?)。パラオ流にアレンジされたカセットテープなんかも売ってるけど、果してパラオの人は意味がわかっているのでしょうか?というむ・む・むでした。
●SENGYO
パラオ語で選挙はSENGYOなのです。
日本統治時代の影響でパラオ語になった言葉のひとつですが、パラオの選挙運動は日本と比べるとおおらかというか、オープンというか大分違っているのです。もしかしたらそれって選挙違反?と思われる事も堂々と繰り広げられているのはちょっと驚かせられますが、ある意味堂々と繰り広げられるということは正当な選挙運動なのだ!?と思うことにしましょう。いずれにしても日本のように陰険な違反ではない事は事実です。さて、そこらへんのグレーな部分の話しはこれくらいにして、パラオの選挙で???と思う事を紹介します。上の写真(右)でもわかると思いますが選挙の候補者看板にカタカナがあるのです。つまりカタカナを読める有権者がいるのです。それは、日本統治時代を生きたお年寄り達なのですが、実は英語よりも日本語が得意なお年寄り達がまだ沢山いるので選挙看板にもこうしてカタカナが表記されているというわけなのです。コロールにあるシニアシチズンセンターに行くと、今の日本人が使わなくなってしまった美しい日本語に出会う事もできる?ので一度足を運んでみると良いでしょう。
次に驚くのが子供達が選挙運動をしているところです。果して彼らが政治を理解しているのかどうかは別として子供の頃から政治に参加するということは日本では考えられない事でしょう。これについては賛否両論あるでしょうが、すくなくとも日本の社会科で勉強しているよりは良いのではと個人的には思うのですが・・・。だって、彼らは楽しそうに炎天下の中プラカードを掲げて観光客にまで手を振ってお祭り気分を味わっているようにしか見えないのだから・・・・。
 
 
 
眼差しの先
楽園とよばれるこの島で彼の眼差しのさきには一体なにが映っているのだろう。
この瞳の輝きを彼の子供も変わらずにもちつづけていられる未来であれば、楽園はいつまでも楽園と呼ばれているだろう。
海人
水平線の上にぽっかりと浮かぶ入道雲。
その雲が海の色を反射して青く輝いている。
その昔、海人が大海原を小さなカヌーで航海するときは、その雲の色で浅瀬と深場を見分けていたという。
そんな話しを思い出したとき、人間も自然の一部だということを思い知らされる。
凄いやつら
漂うようにこの地球(ほし)で生きていくことを僕らはできるのだろうか。
それに比べて漂いつづけながらずっと生きつづけている彼らは、かなり凄いやつらにちがいない・・・。
無駄のない世界
毎年決まった季節になると子孫を残すために何千匹ものツノダシが出会いを求めて集まる場所がある。
そこには鮫や大きな回遊魚が彼らを待ちうけているにもかかわらずにだ。
きっと遥か昔から繰り返されていた光景なのだろう。
自然の営みは時に残酷なものに我々には映るが、決して無駄がない。
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